犬猫の骨盤は、立体形というかバスケットのような構造ですから、1ヶ所だけが骨折するということはあり得ません。必ず2ヶ所ないし3ヶ所が折れるのです。しかし、手術をする際には、そのうち1ヶ所とか2ヶ所だけ整復固定してやればうまく行くのが骨盤骨折なのであります。
今回ご紹介する骨盤骨折は、腸骨体と恥骨が折れている症例です。この子のような折れ方だと、腸骨体部1ヶ所にプレートを当てて骨ネジで固定してやるという 方法で比較的容易に手術することが出来ますが、きちんと元のように整復するコツは、骨プレートを反対側の腸骨体部のカーブに合わせて事前に曲げておくこと でしょう。
横向きに撮ったレントゲン写真です。骨盤の真ん中からやや左上の辺りに不自然な亀裂が見えるかと思います。
正面から撮ったレントゲン写真です。向かって左側の骨盤の骨が不自然に内側に歪んでいます。よくよく見ると恥骨という骨が折れて左右が交差しています。
骨プレートをプレフォームすると、「へえ、こんなに強く曲げてしまって良いのかな?」と思えるくらいカーブがきつかったりするのですが、何回かやっ ている とカーブの通りに正確に整復出来ますので自信が出来て来ます。 では、実際の手術の手順を画像で説明してみましょう。 麻酔の手順については「沈静と麻酔」の項に記載してある通りに、基本に忠実に執り行います。
この子の場合すごく神経質だったので、麻酔導入直前に飼い主様に撫でてもらいながら眠らせました。
術野の毛をバリカンで刈り、残った毛は剃刀で丁寧にそります。
消毒とか手洗いが済んで、いよいよ手術にかかるところです。術野には商品名アイオバンという殺菌性ヨードを含ませたプラスチックフィルムを貼り付けて、無菌手術を担保するようにします。
皮膚は骨盤を形成する腸骨という骨の前縁からややカーブをつけて、大腿骨の大転子という突起の後ろ側まで切ります。中でん筋と大腿筋膜張筋の間を開いて行きます。
腸骨の骨折部位を露出すると下の画像のように見えます。
傷の中央部を水平に横切るように赤い線が見えているのが骨折線です。アイオバンはすばらしい粘着力で皮膚表面が傷に触れるのを防いでいるのが判るでしょう。
骨プレートを腸骨の後ろ側の骨片に当てて、ドリルでネジを止める穴を開けます。ドリルは何故かホームセンターで買った数千円のリョービのドリルなのです。 200万円くらいするストライカーというブランド品のドリルが欲しいのですが、今の整形外科手術の件数ではとても買えません。しかし、リョービのドリルで も十分に働いてくれます。
ドリルで開けた穴にネジ山を切っていく作業です。
途中省略して、骨折片の後ろ半分にプレートを止めたので、前半分と後ろ半分の骨折片を、骨鉗子で正常な配列に整復しているところです。
骨折片は正常な配列にて骨ネジ7本できちんと止まりました。
筋肉、皮下織は合成吸収糸で縫い合わせていきます。
皮膚はナイロンモノフィラメントで縫い合わせます。もうほとんど縫合終了です。
術後には必ずレントゲン写真を撮って、整復がちゃんと出来ているのかどうか確認します。横向きの写真です。
正面の写真です。恥骨結合も1本の線としてきれいに見えています。
腸骨の微妙なカーブに合わせてプレートをプレフォームしているのが良く判ると思います。
術後は入院室で身体が冷めないように温めながら回復させます。
この子は、痛み止めも2剤併用してはいるのですが、術後2時間ほどで立ち上がるくらい強靭な子でした。
以上が犬の骨盤骨折(腸骨骨幹骨折)手術のあらましです。完全に治癒するまでには、ここで半分が済んだと思って下さい。後半分は骨が癒合するまでの期間、 約1ヶ月くらい安静を保ってもらわなければなりません。とは言っても、体重がダイレクトに強くかかる脚の骨折に比べれば、少々動き回ってもプレートやネジ が破損する可能性は相当低いです。
また、骨盤骨折の場合、骨癒合が完了した後にプレートや骨ネジは除去しません。脚の長骨の骨折整復の場合には、骨がプレートの強度に頼り切って弱くなってしまうのを防ぐために、超小型犬の橈骨遠位端骨折のプレート以外は除去するのがセオリーであります。
この手術で少し心残りがあるとすれば、瑞穂医科というメーカーのデプスゲージで骨に開けたネジ穴の深さを測るのですが、このメーカーのデプスゲージは、先 端の引っ掛かりが鈍く、正確な測定がちょっと難しいことであります。そのためにどうしても不安に思って長めのネジを選択してしまい勝ちなのであります。今 回もそうなのであります。ただし、ネジが2ミリほど長過ぎたとしても治癒過程とか治癒後の運動能力には全く影響はありません。