人でもそうであろうが、犬でも猫でも腎臓は血液中の尿素窒素やクレアチニンなどの老廃物を濾過して尿中に排泄する大切な働きをしている。 その他にも、腎臓は赤血球を作る為に必要なエリスロポエチンというホルモンを産生したり、ビタミンDの活性化、血液中の電解質の調節、血圧の調節などの働きもしている。
慢性腎不全とは、そのような腎臓の働きが徐々に低下してきた状態をいい、老齢の犬猫に多い。 その原因は、いろいろ言われるが、ほとんどの慢性腎不全では原因の特定は困難である。
腎臓という臓器は、その動物が必要とする能力の約4倍の予備力を持って生まれてくるのであるが、長く生きている間に、疾病や老化で、その能力が失われていく。 そして、いったん失われた腎臓の能力は決して再生することはないのである。
慢性腎不全になると、腎臓が尿を濃縮する能力を失ってしまうので、尿比重1.008から1.012の間の特徴ある薄い目の尿を大量に排泄するようになり、同時に大量に水を飲むようになる。 この1.008から1.012の間の尿比重は、腎不全に非常に特徴的な症状である。
その他の症状としては、食欲不振や元気の消失、嘔吐、慢性下痢、時には便秘、非常にゆっくりと進行する貧血、腎性の高血圧症による眼底出血や網膜剥離などいろいろである。
そして、いよいよ末期になると、尿毒症が進行して、痩せ細って尿も出なくなって、痙攣や昏睡という神経症状が出て来て、死んでいくのである。
グリーンピース動物病院では、2005年からシニア健康チェックサービスといういわゆる検診業務を始めており、この検診の際に行なう尿検査、血液検査、レントゲン検査で慢性腎不全を発見することがある。 また、最近では高齢動物に出来た腫瘤を切除する手術の術前検査の際に慢性腎不全が発見されたこともある。 慢性腎不全はひそかにゆっくりと進行して、いよいよ尿毒症の症状が出るまで飼い主が気付ないことが多いのである。
慢性腎不全の診断は、血液検査で尿素窒素(BUN)とクレアチニンの上昇、高リン血症、低カルシウム血症、高カリウム血症、非再生性貧血などを確認し、尿検査で腎不全特有の尿比重や、尿蛋白、尿円柱などを調べ、腹部レントゲン検査や腹部エコー検査で腎臓の大きさ、構造を調べることによって総合的に診断する。
高齢の動物では、シニア健康チェックサービスのような機会を捉えて、定期的に検査を実施すると、早くに病気を見つけることが出来、早くに治療を開始することが出来るので、結果的に動物が苦しまないで長生きすることが出来ると考えている。
で、慢性腎不全と診断したらどのように対処しているかというと、今現在現われている個々の症状に対処することはもちろんであるが、基本的な考え方として、現時点で残っている腎機能を大切に上手に使ってこれ以上進行させないようにすることが最も大切である。
慢性腎不全は慢性というくらいであるから経過の長い病気なのだが、その経過を大雑把に三期に分けて考える。
第一期は、慢性腎不全の原因となる腎疾患が目に見えない形で徐々に進行している腎疾患期とでも言うべき時期であり、この時期にはBUNもクレアチニンも数値的には全く正常であり、他尿多飲の症状も出たり出なかったり、動物は外見的には全く正常に見えるために我々獣医師もクライアントも動物が病気になりつつあることなど気がつかないのである。
第二期は、いよいよ慢性腎不全の症状が現われ始める時期で、検診や、術前検査でうまく見つけることの出来る時期と考えて良い。しかし、注意深い飼い主であれば、多尿多飲に気がついて、来院することもあり得る時期である。
尿毒症症状としては多尿多飲がはっきりし始めているくらいでまだ大したことはない。 BUNは25から80㎎/dl、クレアチニンは2.4から4.0mg/dlの間で上昇が見られる。 この時点でその動物に残された腎機能は生まれた時点の30パーセントから25パーセントを切るくらいであろう。 しかし、それくらいでは動物はまだまだ元気である。
第三期は、いよいよ腎不全が進んで、脱水症状も現われるようになるために、急速に尿毒症が進行する時期である。 普通の飼い主さんがいよいよ動物の異変に気付くのがこの時期であって、どちらかというと気付くのが遅きに失していろいろな治療が後手後手にまわり、苦戦する時期でもある。
我々が病気の存在に気がつくのは、実際には第二期からであるから、この時期の早期に発見した慢性腎不全に対しては、特殊な活性炭製剤を使用して、とかく蓄積しがちな尿毒症物質を体内に貯めないようにすることと、ACE阻害剤という腎臓糸球体血管の血圧を下げて腎臓を少しでも長持ちさせる薬の内服を行なう。 さらに、基礎疾患にもしかして腎盂腎炎なんかが存在しそうであれば一応抗生物質をしばらくでも内服させることもする。
猫の場合、慢性腎不全の原因に猫伝染性腹膜炎ウィルスが関与している場合もあり、この時には少量の副腎皮質ホルモンを使用しなければならないこともある。
ここで、注目したいのが、食事療法である。 現在各社が犬や猫の慢性腎不全に使用する療法食とか処方食とかいう食べ物を製造販売しているのだが、いずれも低蛋白、低リン、低ナトリウムという形で調整しており、腎不全の進行を抑え、全身性および腎性高血圧を防いで慢性腎不全の動物の延命に効果的だという。
私も最初は慢性腎不全の動物に対する処方食の効果についてはどうかな?と思っていたのではあるが、セミナーでいろいろ勉強していくうちに、慢性腎不全の動物でで、発見してすぐに処方食を食べるようにしたグループと一般食で通したグループとの50パーセント生存率の日数を比較すると、犬では処方食グループが約600日、一般食グループが約300日、猫では処方食グループが600日、一般食グループが200日と非常に明らかな差が見られるようである。
であるならば処方食を使わない手はないであろう。
慢性腎不全を発見した時に既に第三期に入っている場合、上記の活性炭素製剤やACE阻害剤、抗生物質、処方食と同時に、まずやらなければならないことは、積極的な輸液である。 輸液の投与経路は、動物の状態に応じて、比較的軽症ならば皮下輸液で、重症ならば入院させて静脈輸液で実施する。
その他症状に合わせて、例えば嘔吐があるならば、中枢神経の嘔吐中枢に作用する制吐剤や胃酸をコントロールする薬を使用し、ひどい高リン血症にはリンを吸着する薬を投与するとかしなければならない。
なお、犬猫では人工透析は、血管の確保が大変であったり、透析の回路が高価であったり、動物にも飼い主にも負担が大き過ぎるために全然一般的ではない。
また、腎移植については、大学の教授からは症例を紹介してくれれば手術自体は格安で実施すると言われているのであるが、術後の免疫抑制剤の投与が高価につくとか、ドナーが不憫であるとかの理由から未だ名乗りを上げるクライアントは見出せないでいる状態である。
最後に、最近では、慢性腎不全に限らず僧坊弁閉鎖不全症であるとか、腫瘍であるとか、高齢であるゆえに徐々に進行してくる病気が増えて来ている傾向にある。 いずれの病気も早期に発見すれば対処もし易く、動物が苦しまずに長生きする病気である。
高齢の動物では今後シニア健康チェックサービスのような検診の重要性がますます増大するものと考える次第である。