犬猫のお産はもともと安産であると一般に認識されている。 犬は安産のしるしとして妊婦の付ける腹帯のブランド名に使われていたのを記憶しているくらいだ。
しかし、現実には特に犬において、いろいろな種類が存在する中で、帝王切開に頼らなければ繁殖そのものが出来ないブルドッグとか、大体は自然分娩が出来る のだが時として帝王切開を要するスタッフォ-ドシャーブルテリアやフレンチブルドッグのような短頭種も存在する。 また、マルチーズやトイプードルのような極小型犬でも母体のサイズに比べて胎児のサイズが大きい傾向があり難産になる確率が高いのだ。
そこで、私としては牝犬に交配させたクライアントには、交配日から計算して57日とか58日目くらいでお腹のレントゲン検査を行なって、母体と胎児の関係、特に胎児の数や母犬の骨盤径と胎児の頭部のサイズを比較すること、を奨めている。
胎児の数が予め判っていれば、生まれた子犬の数から残胎が生じてもすぐに対応できる。 また胎児のサイズが大き過ぎて自然分娩が困難であると判断すれば予め帝王切開を予定することにより安全に出産することが出来るのである。
さて実際に帝王切開はどのように行なわれるのか、実例の画像をここに紹介していこうと思う。
ここで紹介する実例は、私の愛犬、スタッフォードシャーブルテリアのジャムである。 交配相手の米水津村の石松君が、頭の大きな子犬を良く出すことと、事前のレントゲン検査で胎児の数が8胎も存在していることが判明したために、交配後60 日目での予定帝王切開をおこなったものだ。
麻酔導入後に術野の被毛を処理します。
帝王切開手術の特殊な点は、お腹から取り出した胎児を速やかに甦生させなければならないことである。 従って、麻酔については母体のためだけでなく胎児に対する影響も考えて使用する薬剤を選択しなければならないのだ。
具体的に私が使用する麻酔法は、鎮静剤などの前投薬を使用せずに、非ステロイド系の痛み止めを皮下注射で入れるくらいにして、静脈留置後にプロポフォール 静脈注射で導入麻酔をかけ気管挿管する。 気管挿管後はイソフルレンと酸素の混合ガスを吸入させることにより維持し、開腹後子宮の切開を始める時からイソフルレンの濃度をゼロにして、麻酔深度をぎ りぎり浅い状態で胎児を取り出す。
プロポフォールは胎盤を通過しないので胎児が麻酔状態にならないし、イソフルレンも覚醒の速やかなのが特徴の安全性の高い吸入麻酔薬なのである。
術野の消毒が済んで、無菌ドレープをかけたところです。
皮膚を切開して、電気メスで止血した後、皮下織分離を済ませ正中線白線を切開するところです。
大きな子宮を腹腔から取り出しました。 今から麻酔ガスを切って純酸素だけを吸入させながら、子宮を切開して胎児を取り出すのであります。
両側子宮角の接合部分を切開して胎児を押し出しているところです。 胎児は胎膜に被われております。
取り出した胎児の胎膜を切り開いて、胎児を取り出しました。 この状態で控えのスタッフに渡します。
取り出した胎児を甦生役のスタッフに渡します。 臍帯の結紮と切断。 身体の清拭と甦生は彼女たちが頑張ります。
全ての胎児を取り出した後、吸入麻酔薬の濃度を上げて麻酔深度を深くし、子宮の切開部分を合成吸収糸で二重に縫合します。
縫合し終えた子宮を、抗生物質加生理食塩水で丁寧に洗浄してから腹腔内に戻します。
腹膜腹筋、皮下織と順番に合成吸収糸を使って縫い合わせていきます。
皮下織を寄せ合わせるのに皮内縫合を使うと後が綺麗です。皮内縫合だけで終了することもありますが、皮膚表面を外科用ステンレスワイヤーで縫合することもあります。
縫合終了。 今から覚醒させます。
無事に全頭蘇生した仔犬たちです。今から母犬に付けてやるのです。
麻酔から醒めて気管チューブを抜いたらすぐに仔犬を母犬のお乳に付けてやります。
母犬というものはお乳が分泌されると急速に母性愛が湧いてくると言います。
ジャムちゃんも仔犬を舐め始めました。こうなると安心して見ていられます。
術後は子宮の収縮と乳汁分泌を促進する効果のあるオキシトシンというホルモン剤を注射で入れてやる。 また子犬の成長に安全であると経験的に知られている抗生物質を術後感染防止に使用してやればあとは普通に子育てをしてくれるものである。
なお、猫の帝王切開については今まで一例も経験がない。 猫にもそれなりにいろいろな品種はあるものの被毛の長さや毛色のバリエーションがその違いの主たるもので、出産の安全性に関わるほどの体形の変化まで生じた品種がほとんどないのがその理由であろうか。