子宮蓄膿症とは、文字通り子宮に膿が溜まる病気である。 これは比較的犬に多い病気であるが、猫でも時々見られる。 犬猫以外では過去にウサギの子宮蓄膿症を1例診たことがある。
ここでは主に例数の多い犬の子宮蓄膿症について話しをしてみよう。
画像では大きさのイメージがつかみ難いかもしれませんが、長さが50センチはある犬の子宮です。 内部にはイチゴミルクのような血膿が充満していました。 体内にこんなに大きな膿の塊があればとても気分が悪いと思います。
こちらは、比較的症例の少ない猫の子宮蓄膿症の画像です。 とても太った猫ちゃんで、お腹の中は皮下脂肪と腹腔内脂肪で一杯で、とても手術がやり難かった症例です。
子宮蓄膿症がなぜに比較的高齢の牝犬に多発するのかと言えば、牝犬には人間で言う生理という現象が存在しないということが大きな理由であろう。
「いやそんなことはない。 牝犬には皆さんが生理という出血が見られるではないか。」と反論される方も居られるかも知れないが、牝犬の発情前期に見られる性器からの出血は、子宮粘膜が受精卵を受け入れるために増殖する過程で生じる出血なのである。
それに比べて、人間の生理出血は、排卵後に使用されなかった子宮粘膜が剥がれて落ちるという子宮の大掃除のようなも のであると理解しているのであるが、犬の場合発情が終了して、妊娠しなかった場合、生理という現象は生じることなく受精卵のためにフカフカに増殖した子宮 粘膜はそのまま残っていくのである。
では犬には生理に相当する現象は全く存在しないのかといえば、そうではなく、犬の子宮粘膜の大掃除は出産によって行なわれるのだ。
そもそも、犬は人間に比べて非常に妊娠しやすい生き物である。 年に1回か2回繰り返される発情の際に、牝犬が自ら進んで牡犬を受け入れて自然交配が成立した場合の受胎率は90%という高い確率なのである。
したがって、自然の状態であれば、牝犬は発情の度ごとに妊娠するわけで、その度に出産するとなれば、人間と同じ生理は不必要で、出産によって子宮が大掃除されることにより子宮の健康が保たれるということなのである。
ところが、普通に家庭犬あるいは伴侶犬として生活する牝犬が発情の度に妊娠すると、飼い主は時間的にも経済的にもやってられないわけで、発情犬を自然に交配させるわけにはいかないというのが実際のところであろう。
というわけで、犬は人間に飼育されるようになってからは、交配を伴わない発情が普通になってきて、古い子宮粘膜が発情の度にそのまま残って、加齢とともにだんだん子宮が細菌感染に弱くなっていくということになるというのが高齢犬に子宮蓄膿症が多い理由なのである。
なお、不勉強の故か私にはなぜかは判らないが、子宮という臓器は排卵が済んでしばらく後に続く黄体期にのみ細菌感染が生じやすいということである。 これはもしかして、せっかくの発情期で妊娠出来なかった出来の悪い牝犬を淘汰しようという自然の摂理なのかも知れない。
卵巣子宮を取っていない牝犬において、子宮の状態を良好に保っておこうと思うのであれば、せめて2年か3年に1回は交配出産を経験させてやる必要があると、私は考えている。
自然が一番というならば、牝犬は発情の度に交配させてどんどん出産させて、牡犬も牝犬もフィラリア予防もワクチン接種もしてやらずに、6才か7才になれば犬フィラリア症で早や死にさせてやるというのが本当の犬にとっての自然な状態であろう。
子宮蓄膿症の症状であるが、性器からの異常なおりものが見られることもあれば、見られないこともある。 それ以外には異常に咽喉が渇いてたくさん水を飲んでたくさんおしっこをすることが多い。 さらに進行すると、食欲不振、頻回の嘔吐がだらだらと続き、だんだん痩せて来て見るからに状態が悪くなったりして、そのうちに虚脱状態に陥り、多臓器不全 により死亡するのである。
診断は、血液検査と腹部レントゲン検査で大体つくのであるが、 微妙な症例では腹部エコーを実施することもある。
なお、犬においても、猫においても、子宮蓄膿症の根本的な予防法は、卵巣子宮全摘出の実施であり、根本的治療法もまた卵巣子宮全摘出である。
ただ、虚脱状態に陥っている患犬患猫に麻酔をかけて開腹手術をするについてはかなりの危険性を伴うことは了解していただかないいけない。
グリーンピース動物病院では子宮蓄膿症の症例が来院したらなるべく早くに、出来れば当日中に手術をしており、 2008年に一例の死亡例が出るまでは全例 (開業以来多分50例以上) 助かっていたのであるが、初めての死亡例が出て、「やはり死ぬこともあるんだなあ。」とささやかな自信が打ち砕かれた気分であった。