垂れ耳の犬はとかく外耳道の炎症に苦しむ個体が多い。 特にアレルギーの素因があったり、純粋犬種で免疫機能が弱い傾向にあるような犬は外耳炎が慢性化して、外耳道皮膚がひどく腫れ、ますます外耳道の通気性が悪くなっていく。
こうなると外耳炎も不治の病となり、その犬は終生耳の痛みや痒みに悩まされることになる。 また、それだけでなく、外耳の炎症が鼓膜を破って中耳や内耳に進行していくと、首が傾いてしまったり、真っ直ぐ歩けなくなったりという平衡感覚の消失を特 徴としたひどい神経症状を呈することになる。
決してたかが耳と侮るなかれ、最後は命にかかわることになるのが耳の病気である。
この外耳道の炎症に根本治療がないかというと、それがちゃんとあるのである。
外耳道疾患に対する外科的な治療で、簡単な順番から挙げると、外耳道切開術、外側耳道切除術、そして垂直耳道切除術である。 また、耳の炎症が行き着くところまで行ってしまった患者には全耳道切除術に鼓室胞切開術を組み合わせることになる。
いずれの方法も、基本的には炎症が生じやすい耳の皮膚の通気性の改善と、炎症がひどい場合には炎症で痛んでしまった組織の切除をするということが目的になる。
ここでは私が好んで実施する外側耳道切除術と、垂直耳道切除術について説明してみよう。
私がどうしてこの2種類の耳の手術を好むかというと、外側耳道切除術は外耳道切開術よりも耳道の通気性改善に優れて いるし、垂直耳道の炎症が恐ろしく進行しているが、まだ治療にとりかかった段階では多くの症例では水平耳道はまだそんなに傷んでおらず、垂直耳道切除術に より水平耳道は無傷で残すことが出来るので、犬の聴覚も損なわれないからである。
外側耳道切除術を施せば、症例の約90パーセントがそれ以降耳道の炎症で苦しむことはなくなる。 垂直耳道が炎症性肉芽でほとんどふさがっている場合には垂直耳道切除術を実施するのであるが、これはより根本的な治療法になり、炎症が起きやすい組織を完 全に除去するので水平耳道まで炎症が及んでいさえしなければほぼ完璧に外耳炎は押さえ込めるのである。
外側耳道切除術直前の患者。写真では判らないが長い間慢性外耳炎がくすぶっていた。
しかし、これらの手術適応になる症例は、往々にして長い間外耳炎に悩まされており、炎症の原因となる細菌叢がかなり変移をきたしていて薬剤耐性菌が棲息している事例が多い。
従って、手術に当たっては必ず細菌の培養と、抗生物質感受性試験を実施して、「効く薬」 を投与しながら術後管理をしなければならない。
外側耳道切除術実施直後の症例。耳道は開放され通気性が良くなっている。
抗生物質耐性菌に有効な抗菌剤には注射でしか投与できない薬も多く、その場合には10日から2週間入院させて術創の管理をすることになる。 当然その経費は手術代をはるかに上回るものになる場合が出てくる。
しかしながら少々経費がかかっても、それ以降外耳炎がコントロールできるならば、結局ちまちまかかっていくであろう経費の合計よりも安くなることもあろうし、何よりも愛する犬が外耳炎の苦しみから解き放たれるならばその経費も安いものであろう。
外側耳道切除術治癒後の外観。外見からは手術をしたことなんて全く判りません。
この犬は反対側の耳は腫瘍摘出もあって、垂直耳道切除術を施しました。
耳介をめくっても良く判りませんが、とりあえず通常の耳の穴はありません。
水平耳道がかなり下の辺りに開口していて、耳はちゃんと聴こえます。