今回のわんこは来月で3才半になる紀州犬雑の男の子です。
約3週間前に山に行っていて、膝を痛めたようです。
歩き方を見て、前十字靭帯という膝の靭帯が断裂していると直感しました。
鎮静をかけて、下腿の骨を前に押すようにストレスをかけてエックス線撮影を行なうと。
正常のエックス線画像を見ていないと、「何のこっちゃろ?」という感じですが。下腿の骨が大腿の骨よりも随分前にずれております。
前十字靭帯は、下腿の骨が前にずれないように繋ぎ止めてくれている靭帯でして。人間ではスポーツ選手が切ることが多い組織です。
そう言えば、あのフィギュアのエース高橋大輔選手もこの靭帯の断裂をこうむって、手術で復活してましたね。
前十字靭帯断裂は、当院ではそんなに頻度の高い疾患ではないです。前回の子は6年か7年前に柴犬で断裂した子が居て、その子は大腿筋膜を靭帯の代わりに関節に通すという「関節内法」で治療しました。
4年前くらいに整形外科のセミナーを受講した際に、講師先生が、「今現在関節の中に異物を通すような手術は時代遅れです。」と言い切ってましたが。それはどうかな?と思いながら聴いていました。
人間の前十字靭帯断裂整復術では、筋膜のような自分自身の組織で修復することが普通みたいですし。
まあ、でも、その講師先生の話しも少しは耳に残っておりますので。今回の紀州犬雑の子の場合。ナイロン糸を使用して「関節外法」をやってみることにしました。
手術は、普通に麻酔導入して。術野は特に念入りに毛刈りだけでなく、毛を丁寧に剃って、術野を覆うのはヨード剤を含ませたプラスチックドレープを使用しました。
骨関節の手術の時には特に術後感染の防止に気を使います。
手術は2段階に分けて実施します。第1段階は膝の関節を開けて、靭帯の損傷や半月板の損傷を確認して。傷んだ半月板は切り取ります。
この子の場合、慢性的にストレスがかかって断裂した症例ではないので半月板は問題無しです。
切れた十字靭帯の端がちょっと見えます。
半月板の損傷のチェックが済めば、関節包を縫い合わせて関節を閉じます。
第2段階は、外側腓腹筋種子骨という大腿の裏側外側にある小さな骨の裏を回すようにナイロン糸を通します。ナイロン糸の太さは、70ポンドテストの物を選択しました。糸を種子骨の裏に回すのは湾曲した縫合針を使って行ないます。
画像で見ると何のことか判り難いかも知れませんね。
次いで、糸を前に持って行って。今度は脛骨稜という膝の下のすねの骨が突き出た部分に穴を開け。
脛骨稜の穴と外側腓腹筋種子骨とを支点にしてナイロンで関節を締め上げて固定を完了します。
後は大腿筋膜を少し寄せてきつめに縫い合わせ。皮下縫合、皮膚縫合で手術は完了です。
こんな風に書くと大層ですが。実際にはそんなに難しい手技ではありません。
術後は2週間程度は安静を保つこと。12週程度は歩行のみで駆け足は禁止。という感じでしょうか?
一般に3ヶ月後までに正常歩行に戻り。5ヶ月後にはかなり強い運動も可能になるということです。
この方法の成功率は、教科書に依れば85%から90%ということらしいです。
お友達の獣医さんの話しでは、関節外法は緩むことがあるらしく、その人は筋膜を使った関節内法で良い成績を上げているいうことでした。
私の今回の症例はどうでしょうか? 上手く行って欲しいものであります。
今回の手術で後日緩みが生じるようであれば、関節内法で再手術をするつもりではあります。
ではまた。